バナー排除(98.2.15)
ZD NETが伝えるニュースによると、Solid
Oaks Softwareの「CyberSitter」というアプリケーションに、バナー広告をシャットアウトする機能が盛り込まれるとある。本来は子供たちに有害なコンテンツを規制するためのソフトだから、オプションの一つでしかない。とはいえ、改めて考える必要性がある。
■初期のブラウザーで可能
2年前に登場していたブラウザーでは、「画像を読み込む」というのは、メニュー設定で変えることが出来た。(今はIEだとオプション扱い、ネスケだと設定。)
要するに、ネスケやモザイクの隆盛を極めていた時代のことだ。
この時は通信速度やサーバの処理速度の関係もあり、また、テキストベースだったことも手伝って、画像を読み込むことは当たり前ではなかったからだ。
■バナーは軽い
バナー広告は、送信の負荷がユーザに掛からないように、12kb程度に止めている。確かに重さは配慮しているだろうが、目にうるさい視覚効果はユーザに不快感を与えている。もちろん、バナーは目立ってナンボである。
ZD NETの記事では、幾つかの角度から取材がなされており、是非とも参照されたい。
問題は、広告をバナーというGIF画像にしたことではないと、その問題の深さが分かるはずだ。
■広告とは何か
なんだろう?
JAROって、なんジャロ・・・。
冗談はさて置き、広告の大義は生活者に有益な情報を普(あまね)く伝えることである。
とすると、大衆が分衆化し・・・個人になると、その有益である基準も変化するわけだ。もっと言ってしまっても良いのならば、広告も個人個人にカスタマイズされなければならないわけだ。ご存知、One-To-Oneマーケティングへと話は移っていく。
■必要なときに必要な情報を
話を飛ばすが、今まで言及しなかったことがある。
それは、「Digitalにおいては、広告も情報であることが、明確になる。」ということで、この一点をどう考えるかがポイントとなる。ハイパーネットが倒産してしまったのも、この一点を詰め切れなかったがためである。
一部の方は気が付いているわけで、「インフォマーシャル」という言葉を使用している。既存メディアで言うところの、「編集タイアップ」「ペイドパブ」である。雑誌などでは、「アドバトリアル」とも言われている。
もちろん、融合した形でユーザに訴求することは、一味違った切り口となり有効度合いが高まる。
しかし、ペンギン広告社が考えているのは、更に一歩踏み込んだ世界で、「広告そのものが情報の一つである」ということだ。
■広告も情報
企業のWebPageは、広告と考えて良いのだろうか?広報と広告は違うのだろうか・・・。メーカーの一方的な発表、つまり、第三者の評価や客観的な指標に晒されていない情報は、ある意味で宣伝であり広告と考えてよいのではないだろうか。
こんな考えを別な角度からアプローチした人物が「動物園」で3年ほど前にいたが、残念ながら彼の構想はTOPの意向に沿わなかったがため、潰されてしまった。サイバーワールドで彼の名前を聞くことはないが、きっと新しいことを考えているはずだ。
残念ながら、波乗りペンギンのアイデアではないので、具体的な記述は自粛させてもらう。
■もう広告なんて要らない
広告会社自体が衰退していく業態であることは、必至である。バナー広告掲出は過渡期の手法の一つでしかない。本質的な転換点が迫っている。はて、最初に行動するのは誰だろうか。
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