anonymous-marketing20010610

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アノニマス・マーケティングとは・・・

原因を知るためのものと、将来を予測するものと、分けて考えることから始まる。広告マーケティングは、主として後者である。

執筆:2001.6.10.〜


■予測不能であり続ける生活者

 マーケティングが行動分析による原因究明であるならば、調査データを解析すれば答えは出るかもしれない。

 しかし、生活者のニーズを知り、提供する財(商品またはサービス)のシーズと合致するかどうかを予測しなければならないとしたら、one to oneへと向かうネットマーケティングにどんな可能性があるのだろうか?

分かり易く、順を追っていこう。

 全ての調査結果は、生活者の行動や意識の一意的な結果でしかない。
Aという缶コーヒーを選ぶと応えた生活者が、実際にはBという缶コーヒーを飲んでいることがある。
何故、こんな事が起こり得るのか?

 私はGパンならリーバイスと決めているが、今はいているのはユニクロである。

 そんな私の意識調査と行動調査は、矛盾が生じた経緯と原因を明らかにするだろう。
で、その結果から導き出された成果は、リーバイスならばブランド力の問題として捉えられるのか?価格戦略の見直し?広告戦術の刷新?
ユニクロならば、企業戦略の成功?宣伝によるプロモーション効果?
いずれにしても、過去の生活者が過去に下した判断である。

 このデータや分析を元に、将来の何某かを決定するのである。
過去の日本が自民党による政権であったならば、将来も自民党であり続けるのか?
過去が未来に適用されることは、最も考えられ確実なことだろうが、それは別な理由によってかもしれない。

 過去に流行したマーケティング関連の書籍には、飛躍した解釈やら決定が成功した事例が数多く紹介され、様々な解釈がなされている。
ただ、どれも時間軸を考慮してない。
<ストーリーとしての事象は時間軸がはっきりして(時系列な整理として)いるが・・・。>
リアルタイムのコンピューターによる処理ですら、厳密には過去である。
「現在
(いま)」は常に生活者の中にしか存在しないのである。

△蛇足

 映画の13F(原題:構造世界)のように、シュミレーションが完全に出来れば問題ないともいえるが、シュミレーションはあくまでシュミレーションである。


■氷山の一角

 調査データによる分析については、解釈の仕方や切り口で結果が変わるということではなく、過去の生活者を平面的に捉えている・・・ことを云いたかったわけだが、この考えに辿り着く前に「氷山の一角理論」というものがあった。

 実は、「20代後半の男性」に対して訴求するという課題を広告主から突きつけられ、四苦八苦したときの言い逃れが発端だったりする。
当時、この層は・・・
1.テレビを見る時間に帰宅していない
2.新聞は読まない
3.雑誌はコミック(少年ジャンプ)
4.ラジオは聴かない
マスメディアが役に立たない状況で、手に入る分析データを使って捕捉しようにも、芳しい結果は得られなかった。
 
 ひょっとして、調査対象が同じ性行で、街頭アンケートでも電話調査でも一部の傾向値しか拾えないからでは?と、仮説を立て始めた。
そもそも、調査に応じるという協力的姿勢がフィルターになっている可能性が高い。
忙しいビジネスマンや、めんどくさがりや照れ屋なら、グルインにもインタビューにも、どんなアンケートにも応じないはず。ふと、自分を振り返りつつ、妄想は膨らむ。

そもそも、メディア接触が無いはずはなく、どこからか情報を仕入れている以上、広告も見ているはずである。
日々、そんな信念?を共有する広告主の担当者と私は、食事をしながらでもターゲットを見つけて最大の効果を模索していた。
しかし、ジリジリした広告主は、自ら基幹媒体であった雑誌について、ACRの読者構成・閲読率・精読率を並べて、動物園の生活者調査データやらMRSを掛け合わせたり係数を掛けたり、自社商品ユーザーアンケートのデータを持ち出して、いろいろやり始めてしまった。

割愛しているが、競合調査やブランド調査、販売データ、市場占有率なども使っていたし、統計データの解析もグラフ化されたりして、非常にお金を掛けてやっていた。(広告会社としても広告主にしても)

 結局、有効なターゲット捕捉の考え方は見つからずに、配置換えによる異動で、自然消滅になってしまった。

 この時期、米国で動き出したニューメディアの情報があった。
それは「インターネット」である。
当時、システムの担当者しか理解できない状態で、パソコン通信で慣らしたSIGOP波乗りペンギンも、PPPだのTCP/IPだの意味不明な言葉が並んだ手書きマニュアルを貰ってApple MacintoshUsiと2400bps最速モデムからインターネットにチャレンジした。ブラウザーはNCSAモザイクα版0.Xだったっけ・・・。
出向先の親会社は、既に社外からのアクセス環境を整えていて、ネット研究が密かに潜行していた。もちろん、私もメンバーに潜り込んでアクセス権を確保したのは云うまでもない。自宅からだと電話代が嵩んだが。
そして、この後一年経たないうちに、日本でも新聞社がサイトを開設することになる。

 さて、オタクのメディアだと云われた「インターネット」だが、ユーザー属性はバッチリ20代後半層から30代をボリュームゾーンとしている。雑誌なんて20万部も発行されていれば、出稿対象になるぐらいだから、100万人もユーザーがいれば狂喜乱舞である。
しかし、現在(2001年)のようなインターネット視聴率データも当時はないし、ヒットだのアクセスだの媒体側の指標もバラバラ、ユーザー数も皆目見当が付けられなかった。
単なるアンケート調査の結果レベルである。

 しかし、ネットでは異なった調査対象に溢れている。センシティブでクールな、新しい物が好きで深い。
彼ら(当初は男性が殆ど)は技術系雑誌を読んでいるところや、業種もコンピューター系の会社であることから、かなり偏ったデータでしかないものの、一つの糸口を掴んだ実感があった。

 様々なメディアにおいて、常に一部のターゲットにしか接触できないとしたら、調査においても同様の現象が適用できるはずである。人間の行動は、フラクタルな関係を維持することもある。
普段接触できないはずのターゲットが溢れるインターネットだが、インターネットだから接触できる一部の層であるはずだ。

 一義的な解釈にすれば、テレビにおいて接触できるのはターゲットの一部である。新聞も、ラジオも、雑誌も、インターネットもターゲットの一部でしかない。
そして、その一部が寄り集まって全体としてのターゲットを構成しているのである。
多面的な解釈に移ると、全体の数分の一は、常に我々の調査対象に含まれているが、手法や時間推移によってその中身は変容するのである。
個が集まって全体を成しているので、一見全体としては変化していないように見えて、個々は異なっている場合がある。

 そう、その個は同一ではなく入れ替わっているのだ。
高校生は変わらないが、その一人一人を見ていくと、毎年3月に3割が卒業し、4月には3割が入学しているのである。
この場合、6割が前年を引きずりつつも3割は中学生時代の価値観を持ち込んでくるのである。
もちろん、毎年のことだから一定した現象ではあるが、こんな単純な個の入れ替えは滅多にない。
例え話なので、そのつもりで。


■氷山の中の対流

 個としてのターゲットは、氷山というカテゴリーとして括っているが、この氷山の中でも対流現象を起こしている。
氷山自身が回転しているという、単純な仮説を一度は立ててみたが多面的な接触を考えるとうまくない。氷山が固体ではなく流動的な液体だと考え、マントル対流のようなイメージを思い浮かべると巧く行きそうである。各所で小さな対流が集まって大きな対流を形成しているのである。

 マーケティングで見える部分は上層部だけである。水面下の下層部は存在は知られているものの、具体的な特定は出来ない部分である。つまり、匿名層。
そして、この匿名層/サイレント・マジョリティに伝導/共鳴した場合に起きる現象が、「大ブーム」である。
自然発生的に思える局地的なブームが、全体へと広がっていくのは対流モデルだと考えやすい。「個」の接触による伝播=口コミによって、表面では見えないのだが、深部から上層部に出てくるとマスコミによる大量伝播へと繋がる。その大量伝播が氷山の外面部にブチ当たると、内部への対流に乗って深部へと伝播する。もちろん、速度差はあるのだが、対流は至る所で起き相乗効果/共振現象による増幅もある。
ここで問題なのは、共振現象は滅多に起きないと言うことである。何故なのか?

 共振現象が起きるためには、マスメディアの大量伝播が行われる前に、ある程度の共振に足る「小ブーム」が氷山内部に存在する必要がある。
つまり、外面部から内面部へフィードバックが発生したときに、内面部での「小ブーム」集団が受け止めることによって共振現象が発生するのである。
iモードのブーム、複雑系で説明される「ポジティブ・フィードバック」は、氷山内部と外面部から来る対流が衝突して起きる共振現象と同義だと考えて貰った方が良いだろう。
この共振現象は、氷山の内部に存在する「小ブーム」集団=「小さな対流集団」が多ければ多いほど、共鳴を起こして爆発的な伝播力を発生する。
これは、地域的な流行や年代的な流行が、国民的な流行を起こしたものには多く見られる。始まりは散発的で局所的なのだ。

 さて、口コミは「小さな対流集団」が隣接する、若しくは複数の「小さな対流集団」に所属する個人が移動して、情報がウィルスのように感染する現象と言える。
ただし、確実に感染するわけでなく、「小さな対流集団」の免疫力によっては根絶されてしまう。
科学技術情報の最先端を自認する「小さな対流集団」に、渋谷のコギャルの使っている最新語彙集を渡しても感染しないようにだ。
感染するのは似た傾向を持つ「小さな対流集団」である。これが、次々と感染し表面に出てくるとマス・メディアに接触する。
そして、このプロセスに時間が掛かると、最初の「小さな対流集団」は冷めてしまっていることがある。
この場合は、良くあるマイブーム程度で止まってしまう。
いくらマス・メディアによる情報投下が行われても、共振すべき「小さな対流集団」は存在しないとなれば、砂漠に染み込む水のように消えて無くなるだけである。

以下は概念図である。

 



 



 





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最終更新日: 2005/11/14.